PHILOSOPHY

アースケアが生まれた理由

アースケアが生まれた理由
”三方良し”の精神で企業価値を高めていく
アースケアがその道を選んだのは、
こんな出会いがあったからです
私が2000年にアースケアを創業した当初は、他社からのOEM受託と代理店に商品を卸す化粧品メーカーが始まりでした。そこから、一念発起。自社で、化粧品を作って販売も行う会社へと業態を変えていきました。
まずはパートナー契約を結ぶ製造工場・研究所探しからです。当時はまだ26歳の若造だったので、門前払いなんて序の口。当時の化粧品製造は、最低でも注文ロットは1万個以上は必要です。数量の話しになった時点で、「そんな小ロットでは化粧品は作れませんよ(笑)」という感じで、話しは終了。相手にしてもらえないことも多々ありました。
それでも、「どこかに自分の探しているパートナーがいるはず!」と思い(込み)、全国を渡り歩きました。気がつくと、1年があっという間に過ぎていました。でも、苦労した甲斐があって、良いパートナー企業と出会え、化粧品業界を超えた人脈と知識を得ることが出来ました。私のような若造に対しても、礼節を持って対応をしてくれた方々には感謝しかありません。
やっと自分が納得できるスキンケアの開発に取り組むことができた約1年後、生まれたのが、”保湿に特化したスキンケア”である『アクシリオ』シリーズです。
しかし、商品開発以外にも、かなり険しく、困難な道のりがありました。
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    非常識だった”インターネット販売”を決断

    その時の私は、アクシリオシリーズの販売方法に頭を悩ませていました。それまでは商品を卸すだけのメーカーであったのを、「お客様を見つけて自分で直接販売をする会社に変わる」と決めていました。

    しかし、この頃は”化粧品”と言えば、百貨店やドラッグストアで販売されるものが主流で、そんなところに置いてもらうようなルート(コネ)も持っていません。

    さあ、どうしよう。いろいろと悩んだ末、私は、『インターネット』での販売方法を選びました。

    今でこそインターネットを使って、ネットショッピングをするのは当たり前ですが、当時は、誰もそんなことをしていませんでした。時代背景的には、さまざまな業界の大手企業が大量のコストを使い、失敗していました。その結果、「インターネットでは、ものは売れない」と言われるようになり、大手の企業も撤退している時期でした。

    ましてや、化粧品は、お店やデパートなどで肌に塗ってもらい、気に入ったら購入する、という方法が常識の時代です。他には、訪問販売や、いかがわしいマルチ商法の化粧品などはありましたが、どれも大手の化粧品メーカーであったり、手に取ってもらえる状況での販売が一般的です。

    インターネットで化粧品を売ることは、業界からすれば”非常識”だったのです。

    でも、私には他に選択肢がなかったので、インターネットで販売していくことを決めました。決断をしたら、ここからはやるしかありません。

    パソコンを購入し、本を片手に自分でホームページ作り

    とりあえず、なけなしのお金で、安いパソコンを1台買いました。パソコンデスクを買うお金がなかったので、段ボールの上に置いていたのを覚えています。

    次に、ホームページの作り方の勉強です。業態を変更したばかりで仕事がほとんどありませんから、時間だけはたっぷりあります。とりあえず本屋に行き、分厚い専門的で分かりにくい本を買ってきたので、これを理解するしかありません。試行錯誤しながら、なんとかかんとか進めます。

    読んでは試し、修正し・・・を繰り返し、今見るととても恥ずかしいホームページではありますが、なんとか、完成させました。

    しかし、ホームページができたからと言って、売れるわけではありません。 当然ですよね。一向に、売上は上がりません。そんなうまくいかない日々が続きました。 そして・・・・。

    不眠症とアルバイト

    そんな状態が続いたせいか、ある日突然、私は不眠症になってしまったのです。2日に1回、2~3時間しか眠れなくなりました。眠れないことがこんなにつらいとは思いませんでした。

    何がつらいかというと、一人で夜中に起きていると、ものすごい喪失感に苛まれるのです。孤独感も半端じゃありません。世界に自分一人だけが存在しているように感じ、仲間も味方も誰もいないように感じます。

    自分は精神的にタフだと自負していましたが、不眠症になってみて初めて、自分がどんなにもろい人間だったのかを知りました。

    眠れない日々が続き、状況が改善されなかったため、いよいよ病院に行くことにしました。簡単に診察をされ、睡眠導入剤などを処方してもらいました。しかし、薬なんて、ぜんぜん効きません。再度、病院に行き、薬を変えてもらいましたが、結果は同じです。どうも私は神経が人より過敏らしく、睡眠薬が効かない体質のようでした。

    どんどんと悪化し、これまで以上に精神的に追い込まれこのままだと「気が狂ってしまう!」と、思い悩んだ私は、なんとか自分の力で不眠症を治す覚悟をしました。

    まず、私なりに不眠症を分析しました。私にとってつらいのは、眠れないことではありません。つらいのは、虚無感や孤独感を感じることです。だったら、眠る時間に外で働けばいい。ついでにお金もないから、バイトでもやるか!そうして、私は30歳の時、夜中にアルバイトを始めたのでした。

    いよいよ倒産を覚悟

    私の肩書きは、一応『社長』でしたが、実際はフリーター以下の生活です。朝の9時から夕方の7時まで会社で働く。20時から3時までは、ホテルの厨房でコックをする。もちろん、車もなく、通勤は徒歩か自転車。会社に利益がないため、給料はない。

    いくら夜を徹して働いても、当然ですがビジネスが成功する訳はありません。バイトでいくら稼いでも、そんなものは焼け石に水です。

    インターネットでの売上は上がらず、どんどんお金は無くなり、このままだと「あと3ヶ月ほどで潰れるな~」という状況になりました。この時私は、2,000~3,000万円の負債を背負った倒産を覚悟しました。

    そんなとき、前の会社時代に知り合った、宅配業をしているとある社長と久しぶりに会いました。大阪に来られたついでに寄ってくださり、飲みに連れていってくれたのです。この出会いが、私のビジネスを大きく変えることになりました。

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    顔見知りだった社長の予想外の行動

    今思えば、当時はこの社長と知り合って10回も会ってなかった程度の薄い関係性で、なぜ立ち寄ってくれたのかもわからないほどでした。でも、せっかくの機会ですから、当時はお互いのことをあまり知らなかったので、いろいろな話をしました。その中で、私は自分の置かれた現状を包み隠さず話しました。

    「たぶん、うちはあと2~3ヶ月で倒産します。」そう言う私に社長は「へ~、そうなんだ。大変だね~ちなみに、どれぐらいあったら乗り切れそうなの?」と、聞いてきました。

    意外な質問です。私は質問の意図も理解できずに、「そりゃあ、あるだけあったらいいんですけど・・・」と、答えます。私の歯切れの悪い答えに、社長は「あるだけって、どれぐらい?1,000万円ぐらいあったら、とりあえず乗り切れる?」

    私は何も考えずに、「そうですね。1,000万円あったら、当面は乗り切れると思います。」と、返します。すると、思いもよらぬことを言ってきました。「じゃあさ、1,000万円で、適当になんか化粧品作ってよ。」もちろん、私の答えは、「はっ???」です。

    「社長は宅配業だし、化粧品なんて関係ないじゃないですか?そんな冗談言わないでくださいよ~」私は酒の席での冗談だと思って、まともに取り合いませんでした。

    でも、冗談ではなく、本気だったのです。 翌日には振込先を聞く電話をかけてきて、本当に、1,000万円を振り込んできてくれたのです。突然のことに慌てましたが、せっかく社長が下さったチャンスです。ありがたく、仕事としていただきました。

    『目指すべき人』との出会い

    今だに私は、なぜ社長がこんなことをしてくれたのか分かりません。 当時、 「なぜ、こんなことをしてくれるんですか?」 と、聞いた私に、社長は「いや~、うちの会社は儲かってるからこれぐらい大したことないよ。」 と、笑っていました。

    でも、実は、社長の言った通りではなかったのです。 その後、社長の奥さんと会う機会があり、その当時のことを話しました。 「あの時は、本当に助かりました。今があるのは、社長がくれた仕事のおかげです。」

    そう感謝する私に、奥さんは、「あ~、だから、あの人、郵便局とか銀行の定期を解約してたのか。」と、ポツリ。

    「えっっっ!!!!」なんと、社長は自分の個人的なお金を出してくれていたのです。しかも、定期預金を切り崩して。

    奥さんの話を聞いて、さらにわけが分からなくなりました。数回しか会っていない、別に何のつながりもない私に、なぜこんなことをするのか?何かだまされているのかとさえ(笑)思いました。

    それぐらい、私の価値観では、この社長の行動は信じられないものだったです。さらに、その翌年に、当時のことを社長に話したら、「えっ、そんなことあったっけ?まぁ~そんな昔のこともういいよ」と、完全に忘れていました。

    忘れたフリをあえてしてくれていたのか、本当に忘れていたのか・・・私は、この社長のありように対して、感謝を超えて感動しました。

    世の中には、私の想像をはるかに超える、とてつもなく『でっかい人』がいる。自分もいつかは、こういう男になりたいと強く思いました。思えば、この時に初めて、『目指すべき人』に出会ったのだと思います。

    かけられた、忘れられない言葉

    さらに、この社長は毎週のように2時間もかけて、大阪まで来てくれて、飲みに連れていってくれました。倒産寸前で悪戦苦闘する私を、ただ、励まそうとしてくれたのです。

    その時に、まるで呪文のように言ってくれていた言葉があります。「大丈夫だって!今はたまたま儲かってないだけ。この後、絶対にうまくいく。だから、今のことなんて気にしなくていいよ。必ず成功するから!」

    何の根拠もなく、軽い口調で、まるで冗談でも言うような感じで、でも、自信に満ちた、思わず信じたくなるような言葉と話し方は今でも忘れません。この言葉にどれだけ救われたか。

    こうして、アースケアはなんとか、倒産をまぬがれたのでした。

    さらに、私を救ってくれたのは、この社長だけではありませんでした。

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    アースケアを救ってくれたお客さんとの出会い

    その頃、会社としてはやっていけないものの、ありがたいことに、アクシリオシリーズを使ってくださるお客さんが少しだけおられました。

    当時、私はメールマガジンを発行しており、そのメルマガで、会社の事情を赤裸々に語っていました。
    「もう銀行の預金残高も少なくなり、会社を維持できないかも」
    「ギリギリまで、諦めずに頑張ります」とか。

    普通なら、「倒産寸前」そんな内容を読んだら不信感を持ちますから、そんな会社の商品なんて買わないと思います。 でも、違ったのです。思わぬ反応が返ってきました。

    最初は、1通の「大変でしょうけど、頑張ってください!」というメールでした。それから、どんどん励ましのメールが送られてきたり、電話で直接お声をいただきました。
    「応援するから、頑張って!」
    「良い商品ですから、自信を持って!」
    「ぐずぐず言っても仕方がない!協力するから!」
    叱咤激励にとても驚いたのを覚えています。

    そのうち、1人で商品を10本買いする人が現れました。なぜそんなに買うのか、お客さんにその理由を聞きました。すると、「近所の人にこの化粧品を使ってもらうために買ったのよ。応援してるからね。頑張ってよ。」と。何と、身銭を切って、うちの商品を買って、周りに宣伝してくれていたのです。泣けました。

    倒産寸前の会社の商品なんか、人に宣伝するはずもなく、そこの商品買わなくなって、それで終わり、です。 私ならそうします。でも、その後もどんどん応援してくださるお客さんや口コミで広げてくださる方が増えていったのです。

    他にも、直筆の励ましの手紙や本などが贈られてきたこともありました。「これを読んで、頑張って!」と。

    このときは、本当に驚きました。見ず知らずの、たかだか無名な化粧品メーカーの若造に、ここまでしてくれる人が世の中にこんなにいるんだと。

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    やっと気付いた大きな勘違い

    こうした出会いによって、私の中で大きく考え方が変わりました。

    よく考えると、これまでは「自分のやりたいことだけをやる」だけでした。もちろん、こうした強い気持ちがないと前へ進めませんし、悪いことだとは思いません。

    しかし、自分のやりたいことをやるだけでは、うまく行く訳がありません。なぜなら、そこにはお客さんやスタッフ、その他に自分に協力してくれる人への想いがどこにも、何もないからです。

    なまじ、自分の肌トラブルが改善した自負があったため、「自分のやりたいことがお客さんのためになる」ことだと、私は大きな勘違いをしていたのです。

    そのことに気づいた私は、「よし!どうせ会社が潰れるならそれまでの間、徹底的にお客さんがどうすれば喜んでくれるかだけを考えて行動しよう!」と、決意しました。

    商品は、最高のものだと自信があります。でも、その他のことは、自分の思い通りに好き勝手やってました。だから、それをすべて白紙に戻し、お客さんが喜んでくれることを一から作り直しを始めたのです。

    ”お客さんのためになることをする”

    まずは、お客さんに電話やメールをして、実際に”生の意見”を聞かせてもらいました。以前に、卸売りをしていた時は、間に”販売店”や”代理店”が入っており、そこから聞く話が頭にありました。でも、実は、これって店側が売りやすいものを意見だったことがわかりました。

    例えば、アースケアの商品には、パッケージ(箱)がほとんどありません。使い方など書いたものは、薄い紙だし、全部、素人の手作りです。これは、「パッケージなんて、どうせ捨てるものだからいらない」・「写真やカラーのチラシはキレイであっても、化粧品の効果は変わらない」という私のもともと思っていたことと、お客さんの声を聞いた結果です。必要なもの以外は、ごくごくシンプルにしています。

    また、アースケアの『定期お届けサービス』は、よくある「最低3回は申し込んでください」などの縛りがありません。いつでも止めることができます。

    これも、敏感肌の私にとって、「絶対3回続けてくれ」と言われることはリスクだと思うし、「定期は止められないイメージがあるから怖い」・「もし肌に合わない時を思うと、頼みにくい」というお客さんの不安な気持ちを反映した結果です。

    TVや雑誌などに、イメージだけの広告は出しません。できるだけ商品の種類を増やしません。(公告を出さない理由はこちら『無名の会社でありたい理由』)

    こうして、お客さんの要望からアースケアのやり方を作っていきました。

    ”顧客志向”の本質はつらぬく

    ”お客さんのためになることをする”というと、「なんでも言うことを聞く」と誤解する人もいます。本来の意味は、大きく違います。たとえ、お客さんの要望であっても、結果的にお客さんのためにならないことは行ってはいけないのです。

    例えば、一つの商品に対して、「大容量のサイズを作って」「少量のサイズを作って」という相反する要望もありました。しかしお断りをし、つくりませんでした。こうした中身は同じでサイズを増やすことは、在庫が増えることで管理や人材のコストを上げてしまい、やがては商品の価格に跳ね返ります。これは、お客さんの望む結果ではありませんよね。

    だから、「何でもかんでも要望を聞く」ような上っ面で「お客様のために」やってきたのではなく、本当の意味で、お客さんのためになることだけを実行しました。私は身をもって体験したことで、そうした顧客思考の本質に気づいたのです。

    本当の豊かさとは

    こうした体験から、私が良かれと思ってやっていたことの中には、お客さんにとっては何の価値もないこともありました。つまり、自分の思い込みだけで、無駄なお金や労力をかけて、お客さんのためにならないことをしていたってことがわかったのです。

    一つ一つ改善していくうちに、どんどんお客さんが増えていきました。もちろん大手化粧品メーカーに比べれば微々たるものです。でも、私にとっては、十分すぎるほど、たくさんの数のお客さんです。

    こうして、お客さんから様々なことを教えてもらい、改善に努めた結果、なんとか、倒産の危機もギリギリ回避することができました。本当に危機一髪でした。一番危なかった時で、会社の口座には5万円しかありませんでしたから(笑)。

    こうして、私はアースケアを経営する上で、『お客さん目線で全て判断すること』を決意しました。
    とにかくお客さんをはじめとする自分の周りがどうすれば喜ぶのか?
    幸せになるのか?
    四六時中、そのことを考えることを。

    そのお陰で、お客さんやスタッフにも恵まれ、今現在、私は楽しく仕事をすることが出来ています。自分の人生は、十分すぎるほど幸せなものです。もちろん、悩みやつらいことがないわけではありません。 でも、それ以上に大きな幸せがあります。

    自分のことしか考えていなければ、何も思い通りにはならない。でも、人の幸せを考えて行動すれば、いつの間にか自分の願いも叶う。これは、世の中の本質だと思います。

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    ”三方良し”

    私の出身地である滋賀県の近江商人には、『三方良し』という考え方があります。

    「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」があるという意味で、売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるということ。

    授業で習い、子供心にも感銘を受けたこの言葉が、アースケアという会社の商売のありようと一致します。

    信頼関係で結ばれた製造工場でつくった商品が、
    宅配会社を経由してお客さんに届けられ、
    お客さんが喜んで使ってくれる。

    これからも、多くのお客さんと一緒に歩んで行くことができれば、こんなに幸せなことはありません。
    そんな幸せな日が一日でも長く続くように、どうすれば、お客さんが喜んでくれるのかを考えながら、精進していきます。
    もちろん、これを読んでくださるあなたとも一緒に歩んで行ければ、こんなに嬉しいことはありません。

    株式会社アースケア
    井上龍弥